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自分を信じて生きる

3,26
  先日、災害についての調査研究をしている、研究者からインタビューを受けた。大水害から2年半。自分としては冷静に分析しながら、話をしているつもりだが、亡くなった知人の話になると、感情がこみ上げてしまう。生きている者としての務めを果たさなければならないと改めて自覚する。

先日、スラム予定地で焚き火を囲みながら夜を過ごした。改めていいものだと思った。自分がこれから実践しようとしていることが、間違いではないと実感できた。
火と刃ものを使い食事と住まいを作る。人間の人間たる所以である。
自分は40代の約10年間は、電気、ガス、水道のない環境の中で生活をした経験がある。新聞も本も読まず社会との縁を断っていた。自分が考えていることが他人からの受け入れなのか、自分の中から生まれたものなのかを確認したかった。ただそれだけの為に。照明がないから陽のあるうちに、用事はすべてすませる。暗くなれば何もすることがない。色々な考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。時として寂しさが襲ってくる。無性に人恋しくなる。何か本を読みたくなる。とにかく寂しさを紛らしたくなる。予めそのようなものは全て無くしてある。ただ歯を食いしばり、膝を丸めて耐えるだけ。そんな状態が数年は続いた。気が狂ってほしいと願った。気が狂えばこの苦しみから解放されると思った。いつか寂しさは消えるものだと自覚できた。それからは一人での生活を享受できるようになった。生きる自信のようなものが、少しだけ芽生えたような気がした。気がつけば50歳になっていた。スラムでは共育学舎とは一味違った世界が、展開されていくだろう。新しい出会いがあるだろう。
クラウドファンディングが進行中、金額はともかくいままで縁のなかった人たちに情報が伝わるだろう。ネット社会のひとつの活用方法だと思う。

細々ではあるがこんな活動をしていると、様々な課題と問題が目の前に表れては通り過ぎていく。連日年齢も経歴も違う人と話をする機会があり、生活を共にしている。自分は自分であるが受け止め方は人それぞれ。お互いに心が通じることもあるが、思いもよらぬ誤解が生じることもある。細心の注意をはらい、自分の心のバランスに気をつけていないと、人に会えなくなる。対人恐怖症とか神経症になってしまう。
生活を共にすれば誤解が生じても解ける機会がある。生活を通してお互い理解が深まる。たまに来て話だけして帰る人は一度誤解が生じると、誤解が誤解を生んでしまう。どうにもならない事態になる。そんな悲しいケースもたまにある。

「活人剣殺人剣」と言う言葉がある。出来ることならば「活人剣」でありたいと思っているが逆になってしまう事もある。自分の気がつかないところで人を傷つけていることも沢山ある。口に入れるものも、口から出すものも気をつけてはいるが、まだまだは不十分である。光が強くなれば影が濃くなる。影を恐れては不信と不安に埋没してしまう。自分を信じて生きる。スラムは昼行灯がいいな、、、、。
ゆるやかに生活できる場になればいいな、そんなことを思っている。

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