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2013.6.14人生最終章の幕開き

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 最近アルコールを控えている。特別な理由があるわけではない。ただそうした方が良いだろうと思ったからである。食事の仕方も意識して、良く噛むようにしている。

 今年はどうやら空梅雨のようだ。梅雨入りが早かったので小麦の収穫を心配したが、結果として約480kg収穫できた。今後1年分の主食を確保した。何時も思うことだが米と麦が収穫できることは、食料を自給しようと考えている自分にはありがたいし、安心感がある。日本で自然環境と、農業技術を組み合わせたら、食料自給率は100%を超えることが出来る。なのに、40%程度である。人間の意識の問題である。各自の意識の問題である。人間として何を学ぶのか、そこに突き当たる。誰かに教えられたことを忠実に理解して行動をするのでは、猿回しの猿とあまり変わらない。飴と鞭で芸を仕込まれた猿である。猿は自分で芸を磨いているわけではない。自分は猿回しになって猿に芸を仕込みお金を得たいとも思わない。まして芸を仕込まれる猿にはなりたくない。一人の人間として考え学び、自らの責任で意識を磨き行動をして生きたいと思う。

地域も高齢化が進み農業をする人が減り続けている。そこで新しく農地を借りることにした。約1ヘクタールのまとまった農地である。そこに地主は7人。話はつけたので、まとめて獣害対策をして耕作する事にした。早速草を刈り始めている。大きなススキが一面に生えている。ここは畑にする予定である。これで水田と畑を完全に分けることが出来る。
水田は約50aまとめてある。これで米も麦も生産量は大幅に増やすことは可能になった。

自分が熊野川町に移住して最初にしたことが耕作放棄された荒れた水田を耕すことであった。それから10年あまり経った。その間多くの若者との交流があった。10人を超える若者が移住して来た。地域に若者を受け入れる基盤は出来つつある。これからは若者が若者を地域に呼び込んでくるだろう。土台を作る自分の役割は果たすことは出来たと思う。
若者がどんなものを建てるのか楽しみにしている。

自分は初心に返って荒れた農地を耕し始めた。心地よい汗を流している。秋には耕作放棄された農地が小麦畑になるだろう。今まで農地のお陰で、どれだけの若者に食事を無償で提供できただろうか。廃校の校舎のお陰で、どれだけの若者に無償で寝る場所を提供できたのだろうか。農地と学校。猿になくて人間にあるもの。人間が人間らしく生きるために、これからも農地と校舎を活かしていくことになるだろう。

もの自体には何の価値もない。宝物にするか廃棄物にするかは人間の意識の問題である。
人間の存在自体も同じことである。活かすも殺すも意識の持ち方である。
願わくば多くの若者が自分を活かしてほしいと思っている。
自分の住んでいる地域に目を向ければ、自分が此処にいなければ、校舎は荒れ果て、農地は草に覆われているだろう。自分がこの地に生活していることが、地域の人たちにとってどう思われているのか。地域の人たちにとっては複雑な思いだろうと推察できる。どこの馬の骨かわからない者が、地域の一番の財産である校舎に住み、農地の殆どを耕している。
思うことは人其々である。批判中傷があることは承知している。地域は一つの家族であり皆兄弟のような存在である。その中に赤の他人が入り込み、いつの間にか地域で一番の農業者になっている。これから、どう舵取りをするのか。全ては自分の意識次第である。
自分の人生とって最終章の幕開きかな、、、、、、。


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